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SpiltMilk

デジタル一眼レフカメラ「EOS6D」と「60D」でのあれこれ。世界一周やめての途中で帰国した阿呆の写真・動画ブログのはずだったんだけど最近なんなんだかよくわからなくなってきている適当な何かしら。

『団子消失 駅のホームで 白い羽』

何かに誘われて俺はホームに降りた。

それは空気や雰囲気といってしまえば簡単なものかもしれないが、そう適当には考えたくなかった。その駅につくまでに見ていた車窓からの景色なのか、駅についてから見えた景色なのか。葉の落ちている木なのか、もしくはまだ緑色をしている針葉樹なのか、はたまた少し向こうの海なのか。
そんなに遠くの景色ではなくて、この静かなホームなのか、そこに静かに佇む柱なのか、古びているけど座り心地の良さそうなベンチなのか、ジュースの自動販売機なのか、大分前に閉まって長い間空いていないであろうシャッターに包まれた売店なのか。結局それらを含んだ雰囲気なのだろうと考えついて、最初に簡単に思った答えとなんら違いはないが、満足だった。



駅員に面倒な説明をし、料金を払って改札から出る。栄えているわけではないが、なにもない訳でもない。でもここから少し離れればなにもなくなるんだろな、とそう思わせるような駅前。

本当になにも目的なくぶらついてみる。

よくよく考えてみれば、もういい年した社会人だというのに、こう、一人でわけもなく知らない街をブラブラするという経験は今までなかったかもしれない。それ相応に多くの経験をしたつもりでいて、それでいて当たり前のことしかしていない。いや、一人わけもなくブラブラする、というのが当たり前のことだとしたら、俺はそんな当たり前のことも今までしたことがなかったのだ。

人並みに経験をしながら小中高大を経て、今の会社に務めている。昔から外に出る方だったし、遊びにでかけることも多かった。年とともに移動手段は徒歩、自転車、電車や地下鉄、そして車と広がって、今では自分で車を運転することはほぼなく電車通勤だ。中学の頃から部活の大会や修学旅行で長い距離の電車に乗ったりもしたし、大学時代友人たちと電車で四国めぐる旅行をしたりもした。
いろんな経験だって多い方じゃないかと思う。小学校の友達と遊んだり、いたずらをして怒られたり、夜の学校に侵入したり、海でキャンプをしたり。中学校では部活で県大会に行ったり、恋愛をしたり、始めて彼女ができたのも中学の時だった。高校では普段は自転車通学をして、雨の日や雪の日は電車とバスで通学をして、学祭では仲間と騒いで、いっちょまえに恋愛をして楽しかったり振られたり二人乗りをしてみたり、バンドを組んだり。大学でも酒、授業、バイト、ボランティア、サークル、合コン、就活。そして今の社会人。酒のマナーを覚えて、酒の場を経験して、愚痴を言いあって、部下のいる立場になって。多くのことを、当たり前に経験してきた。

でも、全く知らない駅で、何の目的もなく降りて、特にわけもなくブラブラとする、そんな経験はなかったのではないかと思う。したことのないことなんてのはいくらでもある。まだ結婚をしたことはないし、スカイダイビングだって怖いからしたことがない。そもそも機会だってない。自分の一軒家を持ったこともないし、ハワイに行ったこともない。でもそれは経験する機会がないとか、経験するのが難しいからしていないことだ。

でもこの年にして、こんなに身近でいつでもできることをしていなかったのだな改めて実感する。特に良い天気でもないし、良いことがあったわけでもないのに、とても良い気分だ。
知らない駅で降りてブラブラしたことのある人はこの気分を前から知っていたということなんだろうか。もし知っていてそれを人に教えないんだとしたらなんてやつだろうか。とは思ってみたものの、たぶん俺だって誰かに、おい、知らない駅で無意味にブラブラしてみろよ、気持ちいいぜ、なんて言わないだろうし、言ったところで誰も信じないし実行もしないんじゃないだろうかと思う。そんなものだ。古い民家、古い本屋。そんなものの間に時々きとても綺麗で新しいのだろうコンビニがあったりもする。人間の業か。こんなものここにあっていいもんじゃないなと、その風景をみた俺の感覚が告げる。毎日のようにコンビニにお世話になっている独り身の男のくせに自分勝手なことを思うもんだ。

民家、車庫、民家。そしていくつもあるやっているのかどうかもよくわからない店の数々。常連しか入らない店で、ドアを開けて大声で店主の名前を呼べば、「はいはい、あー山田さんとこの」とかそんなことを言いながら奥からおばちゃんが出てくる、とかそんな風な店なんだろう。どの店の看板も元の色とは違うんだろうなというくすんだ色をしている。店先に貼られてる張り紙は、おそらく赤い字で書かれていたのだろう重要な部分だけが日焼けして消えていて、「お店の前で               はしないようお願いします」だの「               は固くお断わりしております」だの、なにが言いたいのかもっとも大切な部分がわからないようになってしまっていた。
もとより、この張り紙も貼られている意味を失って短くない時間が立っているのだろうと思う。これを剥がして壁の色の違いを見てみたいものだな、そんなことをただ考えながら足を進める。

腹が減ったな、と思った。
しかしここらにあるのは開いているのかどうかもよくわからない店ばかりで、とてもふらっと来たよそ者が気軽に入れるような雰囲気ではなかった。ここまで来てなんだが、もしいい店がなにもなかったらさっき心から鬱陶しく思ったコンビニにいく事にしよう。なんと自分勝手な生き物なんだ俺は。
そう不本意な決意をしながらも歩いていると、遠目にガラス戸のあいている建物が見えた。なんだろうか、飲食店という雰囲気でも喫茶店という雰囲気でもない。畳屋さん、金物屋さん、いや模型屋さんかな?正直なところ予想もつかない。というか、別になんでもいいのだ。おそらく地域住民むけの何かしら生活に必要なものを売っている店なんだろう。ただ正面の扉がガラス戸であるという以外はただの民家と変わらず、看板もない。クリーニング屋さんかな。

店の正面まで来て、空いている戸からさり気なく中を覗き込んでみる。 入ってすぐのところにガラスの棚がある。中に並んでいるのは、団子。饅頭。なるほど和菓子屋さんか。入り口から見える範囲には人がいなかったので扉の前で立ち止まって棚を眺める。腹は減っているが、和菓子という気分ではない。空きっ腹にあんこを詰め込むというのも如何なものか。いや、良いんじゃないかなとも思う。ブラブラして、たまたま見つけた和菓子屋で団子を買って、さらにブラブラと食べながら歩く。すこし行儀が悪いかもしれないが、まぁ良いじゃないか。俺の初ブラブラ旅記念として許してくれるさ。誰が許してくれるのかは知らないが。

「すみませーん」

買おうと決めてから少し気持ちが先走ったのか、買うものも決めずに俺の店の奥に向かってそう大きな声をかけた。するとすぐに奥の方から「はいはい」と「あいあい」の中間のような返事をしながら頭の薄い人の良さそうなおじさんが出て来た。勝手におばさんかおばあさんが出てくるものと決めつけていたもんだから、俺は少し驚いたが、それは顔に出るほどのことはなかった。
こんな感じの店だと、もしかしたら俺が客なのか何かしら別の用事があって来たのかわからないのではないだろうかと少し余計とも思える判断をしながら、客である事を伝えるために「えーっと、お団子をー」などと曖昧に話しながら目を手前の棚に向けた。
俺その言葉に対してもおじさんは優しそうにまた、あいあい、と言った。おじさんを呼びはしたものの、まだなにを買うか決めていなかった俺はは、っとーじゃあー、なんて言いながらたくさんの団子と饅頭などを眺めていた。
「うぐいす団子ひとつと、えー、あん団子ひとつ。あ、あとー、このおおしま?饅頭をひとつ」
何を思ったのか俺は意外とあっさりこの三つを選んだ。また、あいあい、という掛け声の後に「うぐいすにあんにおおしまね」と言いながら棚を開けて棚の横にかけてあった小さいなビニール袋にいれていた。大島まんじゅう、とか書かれているまんじゅうは薄く美味しそうな茶色の皮に包まれているまんじゅうで、おそらく薄皮饅頭や温泉まんじゅうと似たようなものだろうなと思った。

「はい、200円になります」
団子が二本を入った袋と、ビニールの包みにころんと包まれた饅頭をこちらに渡しながらおじさんを告げる。そんなに安いんだ、と思いながらその二つを受け取りながら財布を取り出す。団子一本60円。大島まんじゅうひとつ80円か、なるほど。100円玉2枚をおじさんに渡し、自然に「ありがとうございます」と挨拶をしてから店を出る。
店から出て、自分が笑顔であることに気づいた。なんだろう、足取りも軽い。この和菓子屋が目的地だったような気がして、今来た道を駅に戻ることにした。何かあったわけではないし、あのおじさんにはもう会うこともないだろうと思う。この駅で降りることもないかもしれない。良いことも悪いことも、別に起こっていない。でも気分が良い。

俺は来た道を駅に向かいながら、お行儀悪く袋から団子を取り出して食べることにした。最初にあんはちょっと甘すぎるんじゃないかな、うぐいすからにしよう。そんなちょっとした考えや選択すら楽しい。団子はまるい球形ではなく、円柱を切ったような形をしていた。袋から取り出すとポロポロときな粉が落ちる。歩いているし、外だからそんなことは気にしないのだ。スーツにもポロポロと粉が落ちているけど気にしないのだ。柔らかくて旨い。なんだろう、今まで食べたことのある市販のものとは全く違った食感。そういえば、こういう和菓子屋に入って和菓子を買ったのも初めてだったかもしれないと気付く。たくさんしているつもりで、したことのないことばかりだなとまた実感する。

数分前に通った道を逆に歩いているだけなのに新鮮に見える。それでいてさっき見た赤文字の消えた張り紙や汚い看板とは顔見知りになったようなよく分からない楽しさ。あっさりとうぐいす団子を食べ終えて、次は何にしようかと少し悩む。餡団子、というとまさに団子というべき象徴。これは最後にとっておいてゆっくり食べることにする。
大島の袋を開けて一口食べる。あと一口で無くなってしまうサイズだ。饅頭は予想通り薄皮饅頭のようなもので、漉し餡、美味い。
小さい頃から粒餡があまり好きではない。あれは漉し餡を作ろうとして最後の最後で面倒くさくなってしまったが故にあんな姿で世に出てきてしまった可哀想な餡なんだと、俺の中ではなっている。しかしこれは漉し餡。美味い。和の食感。日本が詰まっている。

そんなことを考えていたらもう駅前に来ていた。自分はなんて下らなくて自分らしくないことを考えていたんだろう。こんなこと今まで考えたことも無かったように思う。とはいえ、そうまったりしたことも不自然ではなく、天気の良い日に散歩しながらそんなことを考えている自分もまったく嫌ではないと思えた。逆に、むしろ今まで自分が天気の良い日に散歩しながらまったりした時間を過ごしたことがあると思えないことのほうが、遥かに不自然なことじゃないだろうか。今日一日で俺の何が変わったのか。自分が何もまともに実感せずに生きてきていた、ということをまともに実感した。

さっき抜けた駅の待合室。乗り越し精算をした駅員に軽く会釈をする。券売機でなんの切符を買おうか、俺は此処から引き返すのか、さらに進むのか一瞬考えたが、そんなことはホームで考えれば良いんだと思い直し、金を入れて適当な駅までの切符を買う。
降りた所でまた精算すれば良いんだ。目的地を決めず、しかも乗り越し前提で切符を買ったこともなかった。

また会釈をしながら改札を抜ける。時刻表なんて全く見ていないから、次の電車がいつ来るのかもよくわからない。どちら行きの電車が来るのかも分からない。来た電車に自分が乗るのかもわからない。それが楽しかった。
降りたときに見た古びてはいるものの座り心地の良さそうなベンチへと向かう。椅子のベテランという風格。今までどれほどの人間がこの椅子に座ったのか。その座った人は今何をしているのか。そんなわかり得ないことも考えてみた。綺麗な緑と青の中の、灰色のホームの茶色いベンチ。そこでこんなにまったりと、餡団子を食べるなんて最高じゃないか。
今日以前ならこんなことを最高だなんて思わなかっただろうというのがまた不思議だが、当たり前のように最高だと思う。

ビニール袋から餡団子の入ったパックを取り出す。パックの輪ゴムを外すと自然とパックの蓋が開く。平日の昼間に、知らない駅のホームで、スーツに落としたきな粉をつけて、古ぼけたベンチに座り、自分の太ももの上に置いたパックの中の餡団子を眺めている。
こんな今日になることは、昨日の俺も今朝の俺も、どっかのテレビ局の占いをしている人も知らなかったんじゃないのかな。今日はこういうちょっとした考え事が楽しくて仕方がない。

そう思って遠くの空を眺めようと顔を上げた瞬間、ガサっという音とともの自分の太ももあたりに右から左へと何かが通ったような感触があり、反射的に下を向いた。パックの中にあったはずの餡団子は消失し、ベンチ脇に舞うは白い羽根1枚。左を見る。其処には俺の団子を持っているであろう白い鳥が飛び去っていく姿。
あんにゃろう、なんて如何にもなことを頭で呟いて、あれはなんていう鳥なんだろうかと思った。黒くないからカラスじゃない。いやアルビノのカラスかもしれないけど。そもそも白い鳥と考えて俺に浮かぶのは白鳥か鳩くらいのものだ。あとペリカン。アホウドリもかな。でもあいつはそのどれでもないんじゃないかな。俺は自分の団子を持っていった鳥の名前すらわからないんだ。

俺は帰りに何処かで鳥の図鑑を買うことにした。


『団子消失 駅のホームで 白い羽 』
●今までに行った場所一覧はこちらから → 『世界一周で周った場所一覧』
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