サンホセ三日目の旅行記を書き始める前に、僕個人のグアテマラの国民性について書いてみたいと思う。
そんなんどうでも良いから旅行記を、という方は写真が出てくるあたりまで飛ばしてもらえればありがたいなと思います。そもそも読んでる人ほとんどいないんだからそんな気遣い要らないんだけどね、っていうのはわかってるんですよ?でも一応ね、一応。
グアテマラの国民性。僕がグアテマラに来る前に軽く下調べをした範囲では、とてもシャイで他国の観光客とはあまり話をしない、というようなことがよく書かれていた。僕は長期滞在(といっても3週間~一カ月程度)しようと思っていたので、現地の人がシャイであまり絡むことが出来ないのは寂しいなぁと思っていたんですが、来てみたら全然そんなことはありませんでした。
僕個人としては、とても日本人に似ている気質を持っているんではないかなと思う。日本の自分の生活圏に、見たことのない外国人がいるというのを想像してもらえばいいんじゃないかな。気にはなるし、自分から進んで話しかけることはしないと思うけど、もし話しかけられたらなんとかわかる英語を使って笑顔で話をするんじゃないでしょうか。日本を訪れたことのある外国の方で、日本人はみんな無表情で怖かった、気持ち悪かった、というような感想を持つ人が多くいる(らしい)のと同じように。それを否定するつもりは全くないけれど、進んで話しかけれみればまた違っていたんじゃないかな?とも思う。そうでない場合も多分にあるだろうけれど。
今僕のいる此処グアテマラは、こちらから話しかけないととても不愛想な国に見える。町を歩いているとムスッとした顔のおじさんやおばさんとよくすれ違う。でも、そこで一度軽くでもこちらから挨拶をすると途端に相手は笑顔になり挨拶を返してくれる。そして翌日以降も顔を覚えてくれているのか、相手から挨拶をしてくれるようになったりする。子供、大人、男女問わず。
やっぱり慣れるのは子供が早い。次に子供たちの親世代のおじさんおばさん達が慣れて挨拶をしてくれるようになる。男子中高生には「なんだこいつ、けっ」ってな具合にスルーされることもあるし、女子中高生は「いやだわ何この人、知らない人だわ」って怪訝な顔で無視するタイプと、「知らない人に挨拶されたんだけどwwwwこんちわーwwww」みたいな子がいる。
それでも数日過ごしているとみんな慣れてきて、ほとんどの人が挨拶をしてくれるようになった。
シャイな国ってな前情報は違ったんだな、という感じ。
ほかの町ではまた違うのかもしれないけどね!
さてさてここから普通の日記でございます。サンホセ三日目。ステイ先のお母さんエルサに起こされ食事。
ジミとホセはもう学校に行ってしまったようで、一人食卓に着く。そのあいだエルサがたくさん早口かつすごい勢いで話しかけてくる。
「学校はどう?」「サンホセはどう?」「彼女はいるの?」「名前は?何歳なの?何をしている子なの?」「そういえばあなた兄弟はいるの?何人?お母さんは?」食事中(エルサは食べていない)ずっとこんな具合。それでいて不思議なことに、全部聞き取れてゆっくりながら返答することが出来るのである。なんでかな、わかんない単語だらけなはずなのに、雰囲気やらあれこれで言っていることわかるんだよね。
どこの国でもお母さんの勢いってすごいなぁとしみじみ実感しながら朝食をいただきました。
黒子豚ちゃんに見送られながら学校へ。
エルサ(ステイ先のお母さん)のお家の前は結構な坂道になっている。
こんな具合。すごくわかりづらいけど、こんな具合。
家への帰りはすんごい上り坂、外出時はすんごい下り坂、って具合。
朝八時前に学校へ向かうためにルンルンで坂道を下る。
子豚君が見送ってくれてるぜーなんて適当な気分で坂道を下る。
そんななか砂利で見事にけっこうな勢いで滑りよる僕の右足。
しかし肩からカメラをぶら下げているのでこんな急な坂で転ぶわけにはいかないと、身体の反射によって右手側にある柵へと素早く伸びる右手。
その伸びていく右手に一瞬遅れる形で重大な現実に気付く脳みそ。
「あれ?今手を伸ばして掴もうとしてるのって有刺鉄線じゃなかったっけ?」
反射的に出された指令と、それを追うように出された訂正の指令。
「柵を掴め!」「それ(視界に入ってないけど)たしか有刺鉄線だから掴むのやめて!」
追いついた二つ目の指令によってギリギリで右手は進行方向を訂正し、若干有刺鉄線にかすり手の端を切りながらもなんとか空を切る。
此処まで瞬きするくらいの時間。実に一瞬。
しかしまだ問題は何も解決していない。
右足は滑って高く上がったまま。
右手は空を切り、その右手に甘えようと考えていた僕の上体は完全にバランスを崩しておりもはやほぼ死に体。
かといって前述の通りカメラがあるので諦めて転がるわけにもいかない。
結果、なんだか自分でもよくわかりませんが、全身のあらゆる関節やら筋肉やらをなんとかかんとか使って無理やり体制を立て直したようで、奇跡的に転ばずにはすんだものの、このほんの一瞬で体のいろんな部分を寝違えたみたいなことになりました。とても痛い。
一人で俺何やってんだろ。そんな気持ちの登校。
相変わらず授業の大半は意味が分からない。
「ポシブレタンビエン」ってしょっちゅう言うんだけどこれ何。フォーエグザンプル的な?
「プレセンテインディカティーボ」もよく言うんだけど、これはどうやら動詞の活用のようだな、ということで自分の中では落ち着きました。違うかもしれないけど笑
あれ、これ、それ、こっち、今日、明日、とかそういう今すぐ使えそうな単語を全然教えてくれません。今お前ネット使えるんなら調べろや、って思うかもしれないし、まぁ調べりゃいいんだけど、なんか違うじゃん?ってことで調べません。うん。全然わからん。
でもなんとなく話せる、聞ける会話は増えているから不思議なもんだ。もしからしたら実は効率がいい方法なのか、もしくは本来ならもっと早く学べるのかわからんけどもね。
今日はなんだか知らんけど中南米全ての国をスペイン語で書かされました。これ使う?
みょみょみょ。
授業、昼食を終えると今日はモデストお爺さんが木の葉っぱからロープ(?)を作る伝統的な方法を教えてくれました。
モデストさん、みんなからドン(首領)モデストと呼ばれている。英語で言うとビッグボスだ、ってウィルトンが教えてくれたんだけど、「何をしている人なの?」って聞いても「別に何もしてない、農業かな?」くらいしか答えが返ってこないので何がどうビッグボスなのかわかりません。
会話はスペイン語のみ。そして声がとても小さいので僕は何も聞き取れません。
マンツーマンで教わるので成立するのかな?と不安でしたが、特に問題はありませんでした。
言葉わからなくてもなんとかなるもんです。
マチェット持ってるモデストさん。
この葉っぱを、
一枚取って木で叩いて解し、
マチェットの刃じゃない側で緑の部分をこそぎ落とすと、
こうなって、
こうなる。
ほんとあっという間。
この後これをまた早業で編んでいくんだけど、それは早業過ぎて写真撮るの忘れてました。
日本でよく見る縄とか綱とか、そういうのに似たものになりました。
長さも編みながら追加すればいくらでも長くできるようで。というか日本の綱とか縄とかってどうやって作っているのかよく考えたら知らないやと実感。
みょみょみょ。
いろいろ教えてくれたドン・モデストに別れを告げエルサ宅へ帰宅。
朝を思い出しつつ凶悪な坂道を上る。
これが入り口。
上って家が見えてくると、何やらドスドスという音と共に、長男ホルヘ、次男ウィルソン、友達ウィルトンが何やら騒いでいる。みんなで騒ぎながら何かを踏んでいるような仕草。20代後半の男が三人も集まって何やってんだ、みんなで蟻でも踏んでんのか?(んなわけない)
と思いながら近づいて見てみたら、みんなで蟻を踏んでました。
話を聞くとどうやら家のスピーカーの調子が悪かったので修理しようと分解してみたところ、中に蟻の巣があったんだと。それで分解しつつ、中から溢れだしてくる蟻と戦っているところだったみたい。
そんな馬鹿な、と思って気軽に覗いてみたらそこには魔境が広がっていました。スピーカー二つと本体全部に巣食ってるじゃないすか…。
あえて写真は載せませんが(見て気持ちのいいものではないので)、皆さんがこの文章を読んで想像するものよりは遥かに凄まじかったです、と言われてさらに想像したものよりもなお何倍か凄い世界が広がっていたと思ってください。
思い出したくもない。
びょびょびょ。
そんな騒ぎの隣でノンブレ(昨日決まった犬の名前)は一人静かに黄昏ていました。
サンホセ三日目はこんな具合に更けていきましたとさ。